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カテゴリ:謝霊運

  • 霊運 49 憶えておいてくれ
    [ 2007-12-23 22:15 ]
  • 霊運 48 池上楼に登る
    [ 2007-12-17 23:09 ]
  • 霊運 47 今日になった
    [ 2007-12-08 13:55 ]
  • 霊運 46 池塘には春草生ず
    [ 2007-12-02 22:30 ]
  • 霊運 45 熱血革命だ
    [ 2007-11-24 16:19 ]
  • 霊運 44 ここにおろせ
    [ 2007-11-18 17:13 ]
  • 霊運 43 見よ、天然の美
    [ 2007-11-11 13:48 ]
  • 霊運 42 詩、そしておまけ
    [ 2007-11-04 16:16 ]
  • 霊運 41 初景は諸風を革め 新陽は故陰を改む 
    [ 2007-10-29 00:25 ]
  • 霊運 40 明日にわたしは居らぬのだ
    [ 2007-10-21 16:30 ]

 

霊運 49 憶えておいてくれ

 美しい詩句もまた真実とは関係ない。
わたしの詩への評価は、わたしを気持ちよくさせたが、愛着するには浅薄でとりとめなく、的外れだった。
 また、ひとはわたしを望外の官を望み、専権を振った、分不相応な振る舞いと非難した。
 こう嘲られると、妙な気持ちになる。わたしが受けた詩人の名誉のほうがよほど分不相応と思われたからだ。
 ひとつにはそれがわたしより地位も智識も下にあるものから、その能力がないにもかかわらずなされたためであったろう。
 それらの批評こそ相応でないと笑うことが出来たが、そこでのわたしの優越を加算してみても、わたしの作品は決定的に稚拙、不完全なものだった。
 わたしの目を喜ばし、胸を膨らませたものにわたしはよく名づけ、形を与えてやることが出来なかった。
けれど、その所以がわたしの欠落、偏愛、歪曲のせいで、なにより未熟であったために創り出せなかったのだから、分相応にようやく組み立てられた文章はまことに愛着あり、それを惜しんで、ひな壇に並んだ古今にわたる詩人の一番下にそっと捧げたのだ。
 ここでもまた事実がどうであろうと、己への信頼は揺らがなかった。
 一句が成り、そこに小心で脆いわたしの神経がしばし自由になり、今に落ち着くのを喜んだのだ。
 書き続けるかぎりは未完の王国に生き、果たさねばならぬ多くの幸福な仕事に恵まれることができたのだ。
 詩がわたしの後に長く残ろうとなんて考えたこともない。どうだっていいことだ。
 天はわたしに不運であったが、不公平であったとはいえまい。
 詩人はそれほど多様な生き方ができるわけではない。
 なにもかも崩れた。気づけば、杜子恭の足元ですすり泣いた身を労わってやるのも己一人しか居らぬ。
 冷静な眼で見れば、わたしが望んだものはわたしにふさわしくなかったし、そのために試みた努力は見当違いで、実りのないものだったろう。
 けれど、その努力はすべて不毛であったとはいえまい。あがきつづけた間に、なにか思いもよらぬものが育てられ、金剛石のように堅くわたしを支えていたということもあるのだ。
 「池塘には春草生じ」反復する声は、番兵か。それとも己の呟きか。
 永嘉の陽だまりがまたしても届く。天上で束ねた花がいっせいにほぐされ、振りまかれたように光の粒子は角度を変え、とりどりの色を添え、瞬きながら舞い降りてくる。
 柔らかなぬくもりがそっと首筋に触れる。
 そうだ。これがすべてではない。まだ詠わなければならぬ。
 あの風景をもう一度創り出さねばならない。わたしはまったく違う役で登場することができる。
 けれどあがらいがたい優しさのまま熱は冷え、永嘉は逃げ去っていく。
 光の粒子は今もあり、刻々と配置を変える。その刹那に、わたしは一つの姿に永劫に固定されねばならない。
 ああ、それはわたしが望んだ幾百のなかのどの一つなのか。
 「憶えておいてくれ」霊運は声を絞った。
 「わたしは謝家の霊運だ」


     <了>

by dokkokara | 2007-12-23 22:15 | 謝霊運 | Trackback | Comments(0) 

霊運 48 池上楼に登る

 日は高さを変え、光の格子も処をかえた。
 筆と紙を手にするや、一気に書いた。

    池上楼に登る

  潜虬は幽姿に媚び  飛鴻は遠音を響かす
  霄(そら)に薄(いた)りて雲に浮かべるに愧(は)じ  川に棲みて淵に沈めるに怍(は)づ
  徳に進むには智の拙なる所にして  退きて耕すには力任へず
  祿を徇(もと)めて窮海に反り   痾に臥して空林に對す
  衾枕にあって節候に昧かりしも   褰開して暫く窺臨す
  耳を傾けて波瀾を聆き       眼を挙げて嶇嶔を眺む
  初景は諸風を革め         新陽は故陰を改む
  池塘には春草生じ         園柳には鳴禽變ず
  祁祁たる豳歌に傷み        萋萋たる楚吟に感ず
  索居して永久なり易く       羣(ぐん)を離れては心を處き難し
  操を持するは豈獨り古のみならんや 悶無きは徴今に在り

 「ああいいよ」番兵、ため息をつき、
 「池塘には春草生じ、か。おまえさんらしくない艶に優しい句ではないか。
 ほんとうに、春は堤のよもぎ草に現れる。それから、柳が芽吹くのだからねえ」
 「良い句であろう。これは夢に得たのだ。神助があったのだ」
 杜子恭の唇がわずかに動いたとき、刹那に閃いた句であった。
 杜子恭が伝えようとした句を知る術はない。ありがたいことだ。
 「初景は諸風を革め 新陽は故陰を改む、うれしいことだねえ。ひとにはいつも新しいものがやってくる」番兵、皺をよせて笑い、
 「よかったねえ。人生は短し、されど芸術は長し、だよ。おまえさま、思い残すことはなかろう」
 「さあ、どうかな」と霊運。
 臨川に追い払われて、寄る年波に、天下のことは夢のまた夢と前途暗澹とした。
 たしかにこれは希望を生まない事実だった。
 といったところで、この事実はわたし自身が根底に持った、血肉と同化した己への信頼を弱めるものではない。
 漂泊者のように、安住できず、夜を迷い続けていたが、一夜明ければ、前夜の暴風雨が嘘のように収まりかえっているのはよくあることだ。
 本来なら、それが証拠に残した木の葉や花弁の散り屑、流された土砂、流木も吹き払われて、一面拭い去ったように整えられて、打って変わった晴天の光が、ずっとそうであったように惜しみなく朝を輝かせている。
 そんなふうに、夜の背後から、明るい日が踊り出ないとは限らない。
 不毛の土地が、その隠していた豊穣を、にわかに差し出すときがあるかもしれない。
 生きている限り、己への信頼と、それに結びついた望は、どれほど細くなろうと決して切れない。
 あがけばあがくほど、実現される確率は小さくなる。と認めながらも、ゼロにならないのだから、可能性は息を吹き返し、おなじ鮮やかさでわたしを惹きつける。

by dokkokara | 2007-12-17 23:09 | 謝霊運 | Trackback | Comments(0) 

霊運 47 今日になった

 そこは、また、見慣れた獄の中である。
 痛むこめかみを押さえ、霊運は首を振った。体の節々から痛みが走った。
 番兵の足を引きずる音が近くなった。朝日は足元に伸びていた。
 夢か。朝露の降りた義真の墓に突っ伏して、泣いた覚えはあるのに、袖は濡れず、手足も泥に汚れていない。
 杜子恭が去り際に宙から降らしたことばも、目覚めにも消されぬという明け方の夢か。
 「その一句、今日殺されるおまえに手向けよう。おまえとともに詩も滅びようからだ。
 非力なおまえたちの王道楽土は千年彼方だ。
 短命なおまえたちの屍は累々として重なるであろうが、おまえたちを貫いた一つの意志が、おまえたちの命を結び、不死を実現するのだ。
 だが、おまえは今の夢をむさぼるがいい。
 おまえは不死に連ならず、ひとりだ。
 殺されて朽ちるころ、詩もまた支えられぬままに風に散っていくであろう」
 粥椀が差し出されて、番兵がしゃがみこんでいた。
 「今日殺されるのか」
 「そうらしいよ」
 「紙と筆を貰えまいか」
 「辞世は書きなすったろうに」番兵は首を振った。「書き直すのか」
 「辞世はあれでいい。未だかつて還る望みもなく出発したことはない」
 別を書くという霊運の頼みに、番兵は頭を振り続けた。
 書き上げたら、謝家に渡してほしい。礼は充分にされるだろう。霊運の懇願に、やっと腰をあげた。

by dokkokara | 2007-12-08 13:55 | 謝霊運 | Trackback | Comments(0) 

霊運 46 池塘には春草生ず

 「取引は御破算か」
 杜子恭は衣をはたいて立ち上がった。
 「おまえは棄死される。やむをえまい。大衆の認識の欠けた独裁者は、寿命が短いものだからな。
 いいか。牛吏のごとき軽侠烏合の衆であっても、時運に際会すれば、その旌旗はためくところ、檄文のいたるところ、矛を折り、地に額づき、争って命令を受けぬものはない。
 謝家がなんだっていうのだ。おまえは落魄したのだ。不肖の三代目だ。
 無知ほど始末に悪いものはないわい」
 杜子恭、半眼に目を据え、指を結んで呪文を唱えようとする。
 「待て」と止めた。
 「約束だ。詩一句をもらおう」
 「無効だね」と杜子恭。
 「おまえに従おうと決意し、ここまで来たのに偽りはない。おまえの余計なおしゃべりがなければ、もうちっと騙されていたであろうに。それに、詩一句をおまえが持ったところで詮無なかろう」
 戸惑いが杜子恭の視線を上下に動かしたが、「よし」
 霊運は杜子恭の唇を凝視した。
 二人、相対して睨み合い、杜子恭の唇が震えた。舌がのぞいて唇を舐め、押し黙った。
 再度舌が突き出されて、口元が開かれようとしたとき、しじまを破ったのは霊運だった。
 「池塘には春草生ず」
 杜子恭の頬が引きつれた。狼狽の色が稲妻のように光り、眼を一瞬輝かせた。ややあって、喉をふるわせた笑い声に続けて、声がしわがれて絞り出された。
 「そうだ。それだ」
 「これはわたしの詩だ。わたしの頭で、今成ったのだ」
 杜子恭は口を開いたが、なにもいわず、苦笑いを義真の墓に向けると、背を見せ、アバヨとばかり両手を頭上でひらひらと泳がせた。
 杜子恭の低い声が漏れ、影が広がり、霊運にのしかかった。瞼が重くなり、頭が垂れた。

by dokkokara | 2007-12-02 22:30 | 謝霊運 | Trackback | Comments(0) 

霊運 45 熱血革命だ

 杜子恭よ。おまえが語るのも革命か。
 漢末、五斗米道師の張魯が漢中に建てた宗教王国がある。
 中原の戦乱を避けて流移するもの数十万人、すべて五斗米道を信仰し、民も夷人もともに楽しんだとある。
杜子恭が建設を図るのも、その類の王国であろうか。
 往時実現を見たというに、なんと茫漠模糊とした未来図であろう。
 そこでは、人もけものも平等に飯を食ったとな。
それが理想か。それが願いか。この老人の血は少しも熱くならぬ。
 わたしが植えた槿は、そこで、棺材ではなく、薪でなく、ただ花として愛されるだろうか。
 田夫となって、田夫であったものと同じ苦痛で蕎麦の種を蒔くことができるか。
 失ったものについて、自業自得と際限なく正当化しなくてすむのか。
 聞いていればいい気なものよ。
選ばれて、新たな美を附与するとな。笑止千万。
 天上のものとひとでは眼の高さが違うわい。三千丈の高見にあって、豆の点在するが如き光景の何が美しかろう。
 わたしが見たのは、足元の岩廠、石を透かす浅い流れ、目前に落ちた花びら。
 さればこそ、「山桃は紅萼を発き 野蕨は紫苞を漸む」と歌い、「巌は峭しくして 嶺は稠畳し 洲はめぐりて 渚は連綿たり」と詠った。
 ひとはそう詠うのだ。
 王侯宰相を望むがおかしいか。
 謝家に生まれ、以来、未来を背負ったのだ。
 存分の恵沢のもとに、幸運であらねばならぬわたしが悲運に陥るのは理にあわぬ。
 わたしの思いは積もり、憤りは満ち、ことばを発したのだ。
 さぞおかしかろう。そうともこれがわたしの作り上げた人生だ。
 民も夷人も等しく楽しむ王土なぞに用はない。わたしの願いは十万人のそれではない。
 わたしは大衆ではない。
 まずわたしを選べ。
 義真のように、舌先三寸でわたしを駆り立てるがよい。
 おまえが何をもちかけようと、その後の行為がそれと直線的に結びつくとは限るまい。つくか、つかぬか、判断するのはわたしだ。
 おまえが約束できぬのは、神仙だからか。
 情けないものだ。一人の力を借りねばならぬとは、いかなる神仙ぞ。
 いいか。ひとは約束する。結果がどうあろうと約束するのだ。
 つまりだ、おまえのことばが届こうが、決定的な、固定化された関係をつけるのはわたしなのだ。
 わたしをなぜ酔わせない。おまえの下では、わたしは王侯にも詩人にもなれぬ。

by dokkokara | 2007-11-24 16:19 | 謝霊運 | Trackback | Comments(0) 

霊運 44 ここにおろせ

 「ここにおろせ」霊運は叫んだ。
 「なんと。郁州は遠い。そこに二百人の志を同じうするものがいる」
 杜子恭の顔は眼前にあり、小さな眼が忙しく瞬いている。
 「わたしは志を同じくしたつもりはない」
 「まあ、待て。待て。興奮するな」
 ぐいと足が引かれて、空気を切って急降下する感あり。と思う間もなく地上に転がり落ちた。
 朝もやに包まれて、盧陵王の岡は静かに緑の裾を広げている。
 傍らの石にすがり付いて、霊運はすすり泣いた。
 「わたしを王侯宰相にするか」
 「その話は済んだろう」うんざりといった体で、首を掻く。
 「おまえはそれほど生きられぬ。乱を起こしたところで力は尽きる。体力、知力がそうなっておる。命運というやつだ。
 おまえを引き継いで、新しい国を建てるのは別人だ。王侯宰相はそいつらに任せろ」
 「王侯でなければ嫌だ」霊運はしゃくりあげた。
 この墓に横たわる少年は、かつて霊運ら「浮華の士」との交誼を責められて抗弁した。
 「霊運は空疎」、「顔延之は隘薄」と評し、ただその文学を愛するがゆえに傍に置いただけとうそぶいた。
 それを霊運に告げ、「皇子は軽く動いて徳業なし」と頼むに足りぬを指摘するものもいた。
 それがなにほどのことか。
 彼はわたしを動かした。
 苦痛で弱った精神の入り口は針の穴のように狭められる。けれど、偶発的であるにせよ、その穴を通ったものは自在の力を振うことができるだろう。いかなる制御、免疫もなく、敵対者に会うことなく、乾いた地に雨を恵むように、精神を支配できるであろう。
 彼は待たれているからだ。
 情熱をかきたて、印象を一新させ、凝固した創造をときほぐしさえした。
 待ちくたびれて、わたしの失意が天井知らずに高くしていった勘定に釣り合って、彼が清算を約束できるには、彼のほうにも、どれほど痛切な破調がなければならなかったことだろう。
 けたたましい生の奔流であったからこそ、よく応え、わたしを引きずり込んだのだ。
 彼がいかほど破滅的で未熟、性格の回復できない障害からくる偏向をもって出現しようと、いとおしかった。
 わたしは待ち構えていた。未開の野を。そこでわたしは耕し、力を尽くし、足らざるものが満たされると念じていた。
 いたずらにわたしは衰え、弱くなり、己に期待できるものはなかった。
 今を打破するなら、それは円満な人格者のもとで、美しい形を伴ったものであるはずがない。それがなんだっていうのだ。
 とき、ところを選ばぬ暴横の嵐に、わたしの詩と参政の関数は、宰相就任という解を持ちえたのであり、あの時代ほど晨夕が明日にもやわれて揺るぎなく、生の美酒が、革命が手近にあった日々はなかった。

by dokkokara | 2007-11-18 17:13 | 謝霊運 | Trackback | Comments(0) 

霊運 43 見よ、天然の美

 白雲あつまる下、連巌屹立し、州島廻合して、河はうたた遥かに緑野を断ち、空水はあい混じって一色に溶けていく。
 朝陽が一筋矢のように森を貫き、その白帯の周辺は光の粒できらめき、地面に見つけ出した対象物と乱反射して、一帯は湖面のようにのっぺりと輝きわたっていた。
 中空を流れていく黒点は烏か。風に押し戻されては、広がり、それは強い流れに運ばれていく貝殻のようだ。
 「どうじゃ。おまえの見る景色とは比較になるまい。この山水の配置は完璧だと思わぬか。美しいであろう。
 おまえの目は地上の景物を均整のうちに捉えることはできまい。無様で無秩序の集合に過ぎぬであろう。
 おまえが詠うとは、そこいらのガラクタに新しい着物をまとわせ、好みにあうように並べ替えることであろう。
 笑止なことよ。
 よいか。おまえが観に耐えぬと削った巌は、ここから讃美するために設計されたのだ。
 すべて自然のうちにあるものは、ここから眺め渡すために造られたのだ。申し分のない調和をこの視座から楽しむことができるのだ。
 どうだ。おまえたち人の世を離れ、この高見から世界は鑑賞されていると思わぬか。
 偉大なものの眼を感じぬか。
 おまえも詩人なら、この至高の存在に連なって、この創造に新たな美を附与すべく選ばれたことを誇りに思うがいい」
 星は夜明けの空に残って、露玉のようにうす紅く光っていた。
 蒼梧の彼方へ雲霧は動き、江漢の流れは波頭を金色に飾り立てて、うねって海へ還っていく。
 積み上げた藁の穂先が白く揺れて、大きな花束を高く掲げているようだ。
 「わかるか。あれが義真の墓だ」
 小波が反射する川を後ろに、見覚えのある岡が、膝を屈し背を丸めて哭する人を見つけたように、眼に入った。
 かつて詣で、「沈痛は中腸を切る」と詠んだ義真の墓である。
 朝まだきの光が降り、剥き出しの地層に危うく根を滑り込ませていた柏は斜めに枝を広げ、あの時にはなかった一群の竹が色濃い緑の夜着となって墓を覆っていた。
 有り余る欲望を抱いて、ここに十八歳の少年が眠っている。
 熟れる間なく摘まれた望は、青い果実のまま堅さを留めて、白骨の少年とまどろみ、風が揺すると、キーンと乾いた音をたてた。
 実際、墓に身を投げて、哭泣する霊運に澄んだ音は伝わり、共にいだいた幻想のひとつひとつと震えるような共鳴を交わしたのだった。

by dokkokara | 2007-11-11 13:48 | 謝霊運 | Trackback | Comments(0) 

霊運 42 詩、そしておまけ

 詩が成るというのか。うまい取引ではないか。
 この切ない闇、薄暗闇のなかで、形を求めて、そうすれば存在することができる命がひしめきあっている。
 そうと知るゆえ、わたしはことばがそぐわぬことを怖れ、五文字をひねりだしたところで立ち往生する。
 なんと、この悶えが剥がされるというのだ。しかも命のおまけがつく。
 何年生きられるか知らぬが、慌ただしい余生をつけてくれるというわけだ。
 悪くない。悪くない。いずれ死ぬのだ。
 余分の生だ。おまけだ。すこぶる派手に決めて、有終の美といこう。何をためらおう。
 望は膨らみ、一炊の夢もかくや、身は王侯宰相に昇るのだと盧陵王以来の至福に、汗を落とし、上気し、唇をぬぐって一人ごつ。
 狂騒のうわ言じみて、明け染める空に月影が消え、ほの白く薄らぐ壁に対座して、心はそれでも夜にあり、霧の前奏に驚き、宙に浮かんで現れた杜子恭に怖れ惑うのは前日に異ならない。
 「あきれた奴だ。信じなかったのか」と杜子恭。
 「決めた。のろう」
 「善は急げ。ここを出るぞ」
 霧立って、二人を包み、渦巻き、流れ出す。
 両足を締め付ける痛みに体がねじれ、背中を一突きされたと思うや、地を離れた。
 視界霞んで、夢心地。
 「どこへ行く」叫ぶ声も遠い。
 「郁州に向かう」応える杜子恭の声は耳もとにあるに、姿はない。
 「下を見るな」
 見るなといわれて、見た。
 足元と思しき辺り、一団の層となって、大気の色を変えながら、物凄いスピードで走るのは雲か。
 切れ目のところどころから、噴きあがって消えていくもの、それが地上であろうか。
盆景より小さく、溶岩流を見るようにそれもまた次々雲に呑み込まれ、ちらつく残照を落として飛び去っていく。
 巨大なすり鉢の縁にあって、渦巻いて絞られていく一点に吸い寄せられるようだ。
 血の気が引いたのであろう。五体から力が抜けていく。
 「仕方のない奴だ」肩を掴まれた。
 身にあたる大気が弱くなった。息がいささか楽になった。めまいも収まり、また下に目をやるほどに慣れてきた。

by dokkokara | 2007-11-04 16:16 | 謝霊運 | Trackback | Comments(0) 

霊運 41 初景は諸風を革め 新陽は故陰を改む 

 月影は細く、これではその気になっても推敲は出来ぬ。
 壁にもたれたまま、葉群を抜けてたどり着いた光が織り成す文様に目を凝らした。
 ここから杜子恭は現れた。
 詩句か。杜子恭の最後のことばだ。
 それは、永嘉に流されて、病に伏した折の作品である。
 小康を得たのは春。
 古里会稽の真南二百五十キロの彼方に、ことばも卑しい、文化果つ地で、このまま朽ちてしまうのかと、家人に当たり当たって、先が見えない養生をしていた。
 衿に滑り込んだ東風に春を知ったとき、目がうるんだ。
 美しき春の日がまた始まる。ごく自然に詩句の体裁がなった。
 「初景は緒風を革め 新陽は故陰を改む」
 わたしはまた生きることができる。やりなおすことができる。新しい扉が開かれたのだ。
 だが、この一対の後が続かぬ。
 つまらなくても出来上がれば、作品となる。佳語を得ても、書き上げねば詩にならぬのはまことにつらい。
 杜子恭はその完成に力を貸そうという。
 詩がなるのか。
 記憶を確かめるように、首に手を当てた。
 ここに、あの日、ためらうような小さな足取りで、陽が降りた。
 襟足を滑って、背へと滲みこんで行くぬくもりに、病で萎えた足を引きずり、庭へ出た。
 交差する木立に、光と影はもつれあって、虹色の気泡を飛ばし、小さな蝶が群れているようだった。
 杖にすがった手を伸ばし、蝶の一つを甲に載せた。
 かすかな熱が甲をほぐし、明るくなった一点に、病が印づけた静脈のうねりを見た。
 雪柳は緑の芽を星のようにばらまき、熊笹の下に流れる小川に身を曲げていた。
 ぬかるんだ足元にもうっすら色は混じりあい、新しい野辺を用意しようとしていた。
 突然、丈を超えた黄梅から鳥が飛んだ。空を切り裂いて、光を呼ぶように鋭く鳴いた。
 その声を聞いたとたん、耐えていた涙がどっとあふれた。
 わたしは生き返った。これらの景物の一として今年の春を迎えることができた。
 雪に幹を倒し、朽ちた枝を地に横たえながら、病葉のあいだから薄紅い新芽をのぞかせている木をさすって、皺だらけの手を悲しむことができた。
 また春に生き、世と繋がることができる。
 ああ、なによりの出立ではないか。
 わたしのまなざしのなかで、詩想は生まれ、飾られた。
 「初景は諸風を革め 新陽は故陰を改む」
 再び霊運は首がほの温かな手で愛撫されたように感じた。
 良き句はいつも主観を超え、作為によらず、都合から離合集散された景物を離れ、定まった距離を持ち、それゆえ対象は客観化されて、句とともに引き出されてくる。
 そのようにして、この句は永嘉の春日を呼び起こし、あの時の涙、こみあげた感傷が立ち返ってくる。
 ということは、未完の詩のさぐりあてられなかったことばゆえに、今なお地下のマグマの如くたぎり続けている憧憬、執着に、いつであろうと何度でも食い破られるということだ。

by dokkokara | 2007-10-29 00:25 | 謝霊運 | Trackback | Comments(0) 

霊運 40 明日にわたしは居らぬのだ

 始寧に戻れば、垣根の槿は花を閉じ、今日の命を終えようとしている。
 またもや出発点である。今日は昨日に取り付いて、鱗のように見分けがたい。
 明日、行列を繰り出さないでいられようか。
 銭唐からの逃避行が歓喜であったのは、それが始寧への一方通行であったからだろう。
 霊運はのろのろと筆を運んだ。
 四九歳の年齢は短いものではない。ここまでそれてしまったのだ。
 書き上げて番兵に手渡す。一読して、
 「これで終わりか。推敲はしないのか」
 「完成だ。不満か」
 「物足りない。つまらない」
 「霊物は珍怪をおしみ、異人は精魂を秘す」ような奇抜が欲しいという。
 奇抜か、霊運は苦笑した。
 詩はつねに不特定多数に向けた挨拶状であった。
明日、わたしは死んでいる。返事が得られないようでは、いまさら彼らに送ることばはない。
 なるほど、これはつまらぬ。型どおりの詩だ。
 奇抜か、霊運は声をたてて笑った。
 わたしこそどんなにそれを切望したことか。
 三千字の形容をさんざしの花に与え、おしべのフランボワイヤ式の放射状の繊維模様からカトリックの祭日の衣装、イチゴを潰して薔薇色に染まったクリームチーズへと連想をつなげていく底知らずの記憶、創造力をもつ詩人もいるのだ。いかほど素直に脱帽してきたか。
 手持ちの貧弱な修飾はあまりに出番が多く、わたしの詩は薄っぺらく、それに透かされる風景はいつも決まった書割になった。
 いかにしばしば、わたしは手を休め、生まれたばかりの語句に眉をしかめたことか。
 朝露、朝露、朝露、あの日の露と昨日の露は、黄金と砂礫ほどに隔たるものなのに、どうして朝露としか留めえないのか。猿も密林の奥で鳴きすぎた。
 わずか十文字の組み立てに、わたしは己が限界をもったこと、游子はもう衰え行く老人だと覚らせられる。凡庸な詩だと突きつけられるのだ。
 「食わないのか」残りの粥をすすって、番兵は腰をあげた。
 「これは駄目だが、時にはおまえ様の詩はおもしろいよ」
 「詩を読むのか」
 「おまえ様のフアンだよ。こんなところで会うとは思わなんだが」
 猿が密林に鳴き、退屈しない詩だよ、と好意を見せた。
 番兵去り、明かりも遠ざかった。

by dokkokara | 2007-10-21 16:30 | 謝霊運 | Trackback | Comments(0)